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ピースボートセンターおおさか 卒業の辞

ピースボートセンターおおさか 卒業の辞

こんにちは! ピースボートセンターおおさか(ピーセンおおさか)の富岡です。このたび、11年間勤務した ピーセンおおさか を離れ、部署移動することになりました。

ピースボートスタッフになり今年で12年目。そのほとんどの時間を ピーセンおおさか で過ごしました。私の想いと思い出がたくさん詰まっているこの場所に感謝を込めて、これまでを振り返りたいと思います。

世界一周、はじまりの場所

私がピースボートに乗客として参加したのは、2013年7月出航の 第80回ピースボート地球一周の船旅。世界一周しようと思ったきっかけは「これから自分がどんな人生を歩みたいのか、一度立ち止まって考えたい」という思いから。

高校生の頃から自分の進路について悩んでいたのものの、「これだ!」と思うものに出会えないまま。前職はスポーツクラブに勤めていましたが、この先のキャリアを想像できず退職を決めました。

・自分は何がしたいのか。
・何に興味があるのか。
・限りある人生の時間を何に使いたいのか。

当時の私は答えを探して必死にもがいていました。環境をガラッと変える為に世界一周の旅に出たい。バックパッカーでひとり旅をすることも考えましたが、私が選んだのはピースボートでした。

理由は大学時代の親友がピースボートに乗船した話を聞いて興味をもったことと、ボランティアスタッフで船賃が割引になる制度があったからです。

ボランティアスタッフ活動のおもしろさ

クルーズに申込をしてから約半年間、ピースボートセンターおおさか に通いました。ポスター貼りを中心にボランティアスタッフとして活動し、全額割引を達成し船に乗船しました。

正直、最初はピースボートを半信半疑で見ていた私。でもいつの間にか ピーセンおおさか は自分の居場所になっていました。

ピーセンおおさか で出会う人は、年齢も、出身も生い立ちも、価値観もバラバラ。そしてみんなちょっとクレイジー(笑)。唯一の共通点は「世界一周したい」という想いです。

ピーセンおおさか で出会う人たちと話すことは新鮮で刺激的でした。悩みを共有したり、新しい気づきをもらったり。

「価値観のちがう多様な人と出会いながら地球をぐるっと船で回る」というピースボートの面白さに気づかせてくれたのは、ピーセンおおさか で過ごした時間があったからです。

「いってらっしゃい!」と「おかえり!」

世界一周をして約4ヶ月後、私はスタッフに。

最初は東京にある事務所のコールセンターでクルーズ相談窓口の担当をしていましたが、スタッフになり1年弱たったころ「 ピーセンおおさか に来ないか?」という話をもらい、異動が決まりました。

そこから今日に至るまでの約11年、たまに船に乗船することもありますが、 ピーセンおおさか で勤務を続けてきました。

日々のボランティアスタッフ活動、ポスター貼りのキャラバン、イベント、そして毎週の「つっこM」(定例ミーティング)などなど。数え切れないほどの思い出とドラマがありました。

特に毎週実施している「つっこM」はピーセンの風物詩。全国5つのピースボートセンターでは毎週定例ミーティングをおこなっています。

大阪は、突っ込むミーティング=「つっこM」という名前で木曜日の夜に開催。初めてきたメンバーの紹介、1週間の振り返りや討議、今後おこなうイベント紹介などを行うミーティングです。

定例ミーティングが終わった後はイベントを実施したり、飲みながらゆるーく交流会を行います。そんなつっこMでは、盛り上がりすぎて朝まで飲んだり語ったり、終電に乗り遅れることもしばしば…(笑)。

時には世界の社会課題について真剣に考えたり、過去乗船者をゲストに招いてトークイベントをしたり。毎週内容は様々です。ほぼ毎週参加していたので、通算500回以上このミーティングに参加していたことになります。いや〜〜〜楽しかった!

この間に大阪から見送ったクルーズは2014年12月出航の第86回クルーズから、今年出航したVoyage121まで述べ25周。

個性豊かな人たちに出会い、船出を見送り、そして地球一周から帰ってきたメンバーに「どんな旅だった?」と旅の報告をたくさん聞かせてもらいました。

「いってらっしゃい!」と「おかえり!」を言い続けることができているのは、みんながピーセンに通ってくれるからこそです。

そして、それぞれの旅を終えて「乗ってよかった」と帰ってきてくれることが、これからも船を出し続けようという何よりのモチベーションになっていました。

コロナショックを乗り越えられた理由

2020年3月、クルーズ出航前の恒例イベント「いってらっしゃいパーティー」を行いました。しかしコロナの影響で、その船が出ることはありませんでした。そこから2023年4月にクルーズを再開するまでの約3年間は本当に苦しい日々でした。

世界一周を年に3回実施するというサイクルが止まるということは、ピースボートにとっての生命線を失うこと。組織全体の「循環」が完全に止まることを意味していました。

そんな状況下でも私がこの3年を乗り越えられたのは、船出を待ってくれている方がたくさんいたからです。

いつ出発できるかもわからない中、ボランティアスタッフを続けてくれる人が目の前にいたからこそ、気持ちを保ち続けることができました。待ってくれている人がいる限り、再開するまで絶対に諦めない。それが原動力でした。

誰かの居場所であり続けるピーセン

約4ヶ月に一度船が出航するので、ここに通うメンバーは日々入れ替わっていきます。でもこの場所は私が12年前に私が足を踏み入れた頃と変わらず、「世界一周したい!」という想いを持った人が集まる場所であり続けています。

私の旅の原点であり、原動力であるピースボートセンター。それは私だけでなく、多くの人にとってもエネルギーをもらえる場所だと思っています。そしてこれからも「誰かの居場所」であり続けると願っています。

これまで長い間、本当にありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしくお願いします。もしこの記事を読んで「ちょっと気になるな」と思った人がいたら、ぜひ一度ピーセンにきてみてくださいね。

ピースボートセンターおおさか 富岡あゆみ

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