林 元葉 Motoha HAYASHI(通称:もん太)
兵庫県尼崎市出身。
持ち前の明るさで誰とでも仲良くなってしまうムードメーカー的存在。
「スポーツ大好き!特にサッカーが好きです!」というもん太。体育大に通っていたという正真正銘の体育会系。
好きな言葉は『苦しいときこそ笑顔』。
これまでに北半球・南半球、両方の地球一周を経験。
現在はポスター担当としてピースボートセンター大阪に勤務。
関西を拠点にボランティアスタッフとして活動した経験を活かし、地球一周を目指す方のサポートをしています。
やりたいことがなかった僕を変えた地球一周
高校時代は陸上部だったので「好きなスポーツをやりながら遊べるかな」と思って体育大に進学しました。
大学は楽しいところ!って聞いてたけど、思っていたのと違って「高校と同じ日常が続いてる」って感じだったんです。
他に、特にやりたいことも見つからず、部活も辞めて、バイト漬けの毎日…大学にも行かなくなってたんです。
その頃、バイト先の店長から「どうせ大学行ってないなら、ウチに就職したら?」と猛プッシュされて。
「人生このままでいいんだろうか…」
19歳だった僕は「僕の人生、本当にこのままでいいんだろうか…」と思い悩んでいました。
そんなある日、高校時代に授業で書いた『人生の設計図』っていうのが出てきて…
自分のページには、
<ハタチになったら、世界に行ってる>
って書いてあったんです。
「そうだ!世界へ行こう!」
そう思って、早速ケータイで『世界 旅』って検索したら、ピースボートが出てきて。
「タダで地球一周できるやん!」と何も考えずにピースボートに電話して、その2日後には、説明会に行ってました。
これだ!と直感で地球一周することを決めたものの、親は大反対。
でも割引を貯めようとポスター貼りを続けていると、その様子を見て親も次第に分かってくれるようになって。
親と一緒に大学へ休学の相談をして、地球一周することになったんです!
地球一周はどんな旅だった?
自分のいやな部分も受け入れられた
当時は自分に自信がなく人と深く関わるのが怖かったのですが、船で出会った人に「私はあなたのファンや。そのあなたが自分を否定したらあなたのことを好いている人に失礼や。」と言われて吹っ切れました。
そこからは自分の嫌いな部分にも向き合えるようになりました。
『知りたい欲』が増した
実は船乗って一ヶ月経たないうちにマルタという寄港地でサッカーをしているときに左手首の骨が折れたんです。
手首が折れる前まではバラエティー系の企画に力を注ぐ日々を過ごしていたんですが、手首が折れてから行動が制限されました。
落ち込んでいたんですが、これがきっかけで普段やらないことをするようになりました。
すると今まで知らなかった事がたくさんあってどんどん知りたい欲が増してきました。
船を出す理由
純粋に楽しかったから、 経験してもらいたい
今まで経験したこと無い出会い、刺激の連続で楽しかったです。
地球一周はしなくてもいいことだけど、 した方が人生が豊かになると痛感しています。
一度きりの人生。
やりたいことがある人はたくさんいると思います。
実際に出来ている人はそれに比べて少ないように感じます。
やりたいことの一つや二つ、やってもいいのではないでしょうか。
大阪ピーセンへの想い
センターに来る人にとって、少しでもプラスになる場所にしていきたいです。
大阪ピーセンは個性的でおもしろい人が多く、毎日笑いながら過ごしています。
このセンターに勤務できていることがとても幸せです。