台湾と日本の関係 知っていますか?

【地球を旅するピースボートスタッフがみる「世界」】台湾を旅する日本人にこそ知ってほしいこと

【地球を旅するピースボートスタッフがみる「世界」】シリーズ

「地球一周の船旅」を出し続けることで地球を楽しみ、世界中の人々と出会い、文化・歴史を学び、紛争・環境・人権問題などグローバルな課題に取り組むピースボートスタッフが、ごく個人的な視点と興味でつづります。

<平渓天燈祭。毎年、台湾で旧正月の15日(元宵節)に行なわれている行事>

こんにちは、ピースボートスタッフの野々村修平です。日本からアクセスしやすく観光地として大人気の台湾。僕も大好きな場所であり、プライベートでも仕事でも度々訪れています。個人的には大学院で学修している時に、台湾の師範大学で海外教育実習のプログラムを専攻していました。異国での教員経験はやはり、世界と関わりあう今の仕事の基礎になっています。だから特に思い入れが強い場所でもあるんです。

<平渓天燈祭にて>

地球一周を終えた人、これから目指す人、それぞれの世界の見え方は違うと思いますが、自身とは異なる視野もぜひ大切にしてみてください。今日は観光だけじゃない「台湾」の歴史にフォーカスしてお話していきます。

ただ、敢えて僕の主観を交えてお話しするので、寛容的に読んでもらえたら幸いです。

麗しい島、台湾

台湾は現地で別名「美麗島」と呼ばれています。台湾の公用語である台湾華語、漢字を普段から使用する私たちには理解しやすいはず。

美麗島の意味は、16世紀半ば、航海中のポルトガル人がこの島を発見した時に叫んだ。「イラ・フォルモサ(Ilha Formosa)」という言葉に由来されています。ポルトガル語で「美しい島」を意味しているんです。つまり、叫びたくなるほどの美しさがある場所が台湾ということ。

ピースボートでも訪れる寄港地、台湾南部の都市、高雄には「美麗島站」という地下鉄の駅がありますが、まさにかのポルトガル人が発見した名前そのものが使用されているんです。ステンドグラスで張り巡らされた美しい空間。高雄に訪れた際はぜひ足を運んでみてください。ただの駅だと侮ってはいけません。

この島を見つけた時の、高揚感や叫びたくなる気持ちがなんだか伝わってくる作品だと思います。

<美麗島駅のステンドグラス>
国家として認められない場所

台湾は厳密にいうと「国」ではありません。「政権独立国家」という言葉が正しいでしょうか。

「え、そうなの?」という声が多い印象です。かくいう僕も、地球一周するまでこの事実を知りませんでした。僕は大学時代に、この点を印象づける体験をしたことがあります。

FIFAワールドカップをLIVE観戦していた時の出来事です。チャイニーズタイペイ(Chinese Taipei、中華台北)のチームを指差し先輩がこのように言いました。「チャイニーズタイペイって台湾のことだよね?中国と一緒じゃん。名前を変えて、一つの国が複数出場するのってずるくない?」というものでした。正直、当時の僕は台湾と中国の関係性をしっかりと考察できておらず、返答することができませんでした。ただ、とてつもない違和感が体を走ったことは、今でも忘れません。

香港との区別が曖昧になり、台湾を中国の一部として認識している方は多いように感じます。このブログをご覧になっている方の中にも、そのように思っている人はいると思います。「チャイニーズタイペイ」とはオリンピック等の国際的な場で用いられる台湾を示す呼称です。

簡単にいうと、台湾は現在、国際社会において正式な国家として認められていません。もちろん全ての国が認めていないわけではありませんよ。一定数の承認を得なければ国家は認められないんです。日本は1972年に国交正常化で中国を承認した一方で、台湾とは外交関係を断絶しました。今もなお、国交は結ばれていません。つまり断絶の状態が続いているんです。

台湾は、言わずもがな「親日」として知られています。「国交がないのに、なぜ仲がいいんだろう?」 そのような思考が伴ってくると、どんどんその国に興味が出て、尚且つ国際理解に繋がってくると思います。ではその理由についてお話していきましょう。

台湾と中国の関係性
<蒋介石を讃えるために建てられた中正記念堂の内部>

そもそも台湾と中国の正式な名称をご存知ですか?名称は似ていますが、似て非なるものです。中国の正式名称、これは多くの人が知っているはず。「中華人民共和国」です。共産党の毛沢東が中華人民共和国の初代国家主席にあたります。毛沢東といえば、中国の天安門広場に大きな肖像画が掲げられている方ですね。

では台湾は?答えは「中華民国」です。国民党の蒋介石が建国しました。

1945年当時から、毛沢東と蒋介石はどちらも中国という国を作る公約を掲げています。その両者が争ったわけです。争いには勝ち負けが付き物ですよね。勝者は毛沢東。蒋介石は敗れました。そして現在の台湾がある地域に中華民国を建国したんです。

国交の話に戻すと、台湾と中国はライバルという位置付け、と表すと分かりやすいでしょうか。一国つまり日本が、互いをライバル視する両者の地域に肩入れすることはできませんよね。まとめると、膨大な力を蓄えて成長する中華人民共和国と国交を結ぶ選択肢を日本がとったということです。

日本統治時代が台湾にもたらした影響
<路地裏に残る日本時代の名残>

台湾と中国の建国から更にさかのぼること約50年、1894年に日清戦争が勃発します。台湾の統治権は「日清講和条約(下関条約)」により日清戦争に勝利した日本に与えられました。そのため、翌1895年から日本が第二次世界大戦に敗戦する1945年までの間、約50年間にわたり、日本が台湾を植民地支配していたということです。

想像できますか?統治が始まった瞬間から、現地に住んでいる人たちは「日本人」になるんです。読み書き、話す時だって言語はすべて日本語に統一されます。異なる文化の中で適応なんて簡単にはできません。当時の人々が感じた息苦しさは、きっと計り知れなかったと思います。

もちろん、統治当初はかなりの反発がありました。自分たちのアイデンティティーを守る為に多くの死者が出たことも想像に難くありません。亡くなった人たちの多くは、それまで平凡に暮らしていた人々です。しかし次第に日本が持ち込むものが評価され始めます。

当時経済発展していた日本の高度な技術が台湾に一気に持ち込まれました。広大な荒地を田畑に変え、道路や電気、上下水道のインフラの整備や質の高い教育を施すことによって、現地の生活水準が急激に向上したんです。この50年間で台湾の土台が築かれたと言われています。

この後に日本が第二次世界大戦で敗戦を喫し、蒋介石がこの地を統率する流れを組みます。ただ蒋介石は独立主義を徹底したリーダーでした。今まで学んできた日本語を話すことを禁止し、今まで使ってきた日本の教材も全て使用禁止。徹底的に日本を排除しました。そして、反抗するものは徹底的に殺害したとされています。

この結果、蒋介石の杜撰(ずさん)な政策と比較して、日本人の礼儀正しさや真面目な国民性、経済を安定させた施策などが改めて評価されました。なんとも結果論的な皮肉な歴史ではありますが、その時に培われた日本人の印象が、今でもなお残っているということでしょうか。僕の中でしっくりしている訳ではありませんが、この話は台湾で現地の方が話されたことも元に書いています。

僕が個人的に理解できない部分は、蒋介石が残した日本統治時代の終焉と中華民国を建国した功績よりも、虐殺すらも顧みない独裁政治の罪過の方が大きいということです。台湾の観光地「中正紀念堂」には蒋介石の大きな像も祀られていますが、それが現代にも残っていることが不思議でなりません。台湾在住の友人に聞いてみたところ、若者を中心に台湾中の蒋介石の像を赤塗りするなどの行為が目立っているとか。建国の父である反面、犯した政策は単純に許される行為でないことを物語っています。

僕が伝えたいことは、結果として日本人はインフラ&教育改革政策において尊敬されるようになったことは間違いないし、これが親日の基礎に当たると思っていますが、最初に住んでいた人たちのアイデンティティーを奪った事実を忘れないで欲しいということです。

現代を生きる日本人に知ってほしいこと
<現総統の蔡英文さん>

今年の1月11日に「中華民国総統選挙」が行われました。僕が個人的な意見を述べるとすると、2020年の中で記憶に残るビックイベントでした。ただ一国の代表を決めるという、生半可な規模の選挙ではありません。

「自分たちのアイデンティティー、即ち存在そのものを根底から覆すかも知れない頂上決戦」とでも呼ぶに相応しい選挙だったと思います。

めちゃくちゃ簡単に言ってしまえば、
1)台湾は中国の一部だと主張する人
2)台湾は台湾なんだと主張する人
このどちらがトップになるかを決めるというものです。

勝利したのは、後者の主張をした現総統の蔡英文さんです。前者を主張した人が勝利していたら、今頃台湾はなくなっていたでしょう。サラッと言いましたが、なんとなくこの緊張感が伝わってきましたか?

投票率を見てみます。中華民国総統選挙の投票率はなんと驚異の 74.9% でした。日本で国政選挙を行う際の投票率は50〜60%そこそこでしょうか。また台湾の投票のハードルが、日本よりも高すぎて驚愕します。投票権は、戸籍がある地元にしかありません。即ち地元に帰らないと投票する権利すら獲得できないんです。

台湾出身の友だちから聞きましたが、投票するために、若者ですら費用を惜しまずに帰省するようです。連休でもないのに新幹線(MRT)は満席になるし、海外留学をしている人はわざわざ一時帰国します。

この報道も記憶に新しいです。2019年1月、中国の習近平国家主席が、台湾も香港のように「一国二制度」で中国の一部になろう、もし独立するのであれば武力行使も辞さないよ、という演説をしました。

さあ、みなさんも自分の立場に置き換えて、この選挙について考えてみてください。僕は自分が生まれた場所が好きだし、無くなるなんてことは想像すらしたことがありませんでした。でもそのような出来事が間違いなく隣国で行われていたんです。

蒋介石と毛沢東の決着はまだついていない、そのようにすら感じます。

総括

新しい視点で世界を捉えることで、もっともっと旅行の深みがでます。せっかく地球を巡るのであれば、多角的な方面から世界を見てみてください。世界は思っているよりも大きくて広大ですよ。まだまだ知らないことばかり。だからこそ旅に終わりはありません。

 

ピースボートスタッフ 野々村修平