みなさん、はじめまして。
ピースボートスタッフの菅野(通称:エナリー)です。

海なし県、埼玉から船で地球3周しており、現在は大阪の電話の部署にて、地球一周に興味がある方に説明会やボランティアスタッフのご案内をしております。

 

 

 

世界とつながる日本の歴史

突然ですが、私は歴史が好きです。特に日本史が好きなのですが、
日本史というと、国内の歴史だけに特化しているように思えるかも知れませんが、実は逆です。
知れば知るほど日本という国は世界と無関係ではなく、それどころか海外に影響しつつされつつの連続なのです。
地図で見ると周囲を海に囲まれ、隔てられているようにも見えますが、その海を日本に住む人と海外に住む人とを繋ぐ媒体にする手段があります。それが「航海」です。

今は飛行機での空路もありますが、海路はそれより遥かに長い歴史があり、遣唐使でも1200年以上も昔です。

日本仏教の聖地「高野山」

そんな遣唐使で有名な弘法大使こと空海が和歌山に開いた「高野山」に先日登ってきました。

難波駅から高野山の山頂まで電車とロープウェイで片道2時間以内で行けます。
日帰りで気軽に行けますが、山の上は地上よりかなり気温が低いので行かれる方は気を付けてください。

山頂の雰囲気は世俗の喧噪から遮断された、まさしく聖地で、静かで厳かな空気です。
戦国時代が好きな方からしてみたら、戦国大名のお墓が多数あり、その顔ぶれも、豊臣、上杉、伊達、毛利、島津、北条…と枚挙にいとまがありません。まるでオールスターですね(笑)

生前は敵対していた武将同士も亡くなって同じ山に眠っているのも何だか感慨深いですね。今、「関ヶ原」が映画化されて話題になっている徳川家康や石田三成のお墓もあります。

織田信長と明智光秀も然り。

 

命がけで海を渡った空海

さて、そんな高野山を開いた弘法大師、空海なのですが遣唐使として西暦804年に出航しました。

当時の船は小さく木造で、無事に辿り着けたのは4隻のうち2隻のみでした。空海の乗っていた船も予定の航路から大きく逸れて到着した為、海賊の嫌疑をかけられ、約50日後にようやく長安に辿り着けたということから、当時の航海がどれほど命懸けだったのかが伝わってきます。

そこで空海は20年を予定した真言密教を僅か1/10の期間、2年で極めて帰国したというから驚きですが、私はそれ以上に1200年前の日本人である空海が、その時の長安の都を見た時の驚きや衝撃、そして感動はいかほどであったろうかに思いを馳せます。

ローマと大阪をむすぶ遥かなる道

長安は今の中国、当時の大唐帝国の首都で、世界最大のメトロポリスでした。文字通り、中国の絹をヨーロッパに輸出することに端を発したシルクロードによって、

現在のインドやイラクや果てはイタリアのローマまで繋がり、中央アジア~西アジア~ヨーロッパの文化が入ってきていました。まさに世界そのものといってもいいでしょう。

そう考えると空海は日本でかなり早い段階でゾウやラクダなどを見た存在とも言えます。空海は2年の留学を終え、再び命懸けの航海で帰還したわけですが、

そんな西はローマまで繋がるシルクロードは瀬戸内海を経て難波津(現在の大阪市)に、そして最後は奈良の平城京にたどり着きます。大阪は日本におけるシルクロードの海の玄関口だったのです。かつて空海が出航したのも難波津でした。

幾多の人々が海外に旅だった大阪から地球一周へ

日本は海に囲まれているが、隔てられているのではなく、実は海で繋がっている。

そしてそんな数千年に渡り海外に向けて船が旅立っていたのが、大阪なのです。

そんな地で地球一周を夢見る方に船旅のロマンを語れたり、意義を伝えられることに感慨深さを感じている今日この頃です。

 

 

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